余命宣告病棟第十話「続く物語」
なんてことはない。
変わる筈のない毎日がそこにある。
私は割り切った。
そう、そうしてここでずっと仕事していたんだ。
何も変わらない。
変わってはいけないんだ。
何故なら……私が私である為の私が選んだ選択肢なのだから。
しかし、私には迷いがあった。
彼女が居た一時は私にこの生活に光を与えた。
「先生、診察の時間です」
私は机の上にバラバラに置いてあった写真をかき集め引き出しにしまう。
「今行く」
そう、私にはまだ診なければならない患者がいる。
自分の感情を殺し、診察室に向かう。
しかし、診察室には誰もいなかった。
いつもなら本を読みながら待ってる筈の彼がいない。
私は彼の部屋を訪れた。
積み上がった本の中には彼女のやり取りの手紙もあった。
内容は見なかったが、彼なりに彼女の死を受け止められなかったのだろうか?
「先生、どうしますか?」
私は悩んだ。
「今日の診察はなしでいい。彼は私が見つけておく」
私はそう言って何も考えず階段を上っていた。
屋上へと繋がる階段だ。
何故かは分からないがそこに彼が居る気がした。
扉の前で私はためらった。
開けて良い筈の扉が鋼鉄のように立ちはだかる。
一呼吸をしてドアノブに手をかける。
「きっと、来るんじゃないかと思ってたよ、先生」
そこには彼が座って笑っていた。
私は横に座り今日の診察の事を聞こうかと思った。
しかし、先に彼から話し始めた。
「空ってさ、なんであんなに高いんだろう」
彼は空を見上げ手を伸ばす。
「……先生、僕はあとどれくらい生きれるの?」
私は息を飲んだ。
彼の寿命……延命治療は行っているもののそう長くはない。
今生きてることが本来なら不思議であるくらいだった。
それでも、彼の身体は生きたがった。
だから、今も生きているのだと私は思っていた。
「……そう、長くはない……」
そう告げると笑った。
彼女のように声を出して笑ってそして静かに目を伏せた。
暫く沈黙が続いた。
「約束なんだ。先生に花火を見せるって…」
三人で約束した大きな花火の事だろうか?
彼女は居ないというのに……。
もう、叶う筈のない『約束』。
「彼女が…最期に、月を見て『大きな花火』と言っていたよ」
「…彼女らしからぬ比喩だね…」
彼は小さく笑うと静かに涙を流した。
私は横で見守るしかなかった。
それでも、私たちの物語はまだ続いてるのだと思った。
君が居なくなったと言うのに続く物語…。
一体どこへ、向って居るのだろう?
いや、死にしか向かっていないんだろうと夢もなにもない私の小さな頭で考えた。
だが…どこかでなにか違う結末を待っているのかもしれないと、考えていた。