余命宣告病棟第九話「彼女の死」
あんなに元気ではしゃいでいた彼女が夜中に倒れた。
余命は長くて一週間ほどだろう。
もう、いつ死んでもおかしくなかった。
静かに目を瞑る彼女が、ただ目を覚まして笑ってくれないかと横に立ち見つめていた。
手は出来る限り施した。
あとは彼女次第だ。
「先生」
横で看護師が話しかける。
私は我に返りハッとした。
「ここは任せる。他の患者を見ないと…」
そう言うと私は彼女の部屋を後にした。
そして彼の部屋に向かった。
彼はいつものように本を読み時間を過ごしていた。
まぁ彼女が居たから活発に動いていたのだろう。
これが、本来の彼の姿なんだ。
「あぁ、先生。彼女は?」
私はその質問に何も言えず首を横に振った。
彼は理解したのか本をパタリと閉じた。
「もう僕が彼女に逢うことはないんだね」
「…君はこれからどうするんだ?彼女は居なくなる。君は?」
私は酷な質問だと知りながら彼に問うた。
これから三人での時間はなくなる。
もう馬鹿なことで笑いあう事もない。
「僕は生きます。彼女が残してくれたものを最期まで見る義務がある」
彼は暗くなり始めた外を見つめ決心したかのようにしっかりとした目をしていた。
「先生は?彼女は先生の事気にしてましたよ?」
私はそれを聞いてドキッとした。
これから三人の時間が無くなるのは私も同じで、彼女が笑ってたその姿を見れなくなる。
きっと、私は変わらない。
いや、変わってはいけないはずだ。
医者として、『先生』としてここではずっといなければならない。
「今、立場を考えたでしょう?」
「え?」
「先生ならきっと自分の立場を考えるだろうなぁって…。でもさ、先生」
「…なんだ?」
「人って意味があって居るんだと思う。そこに生きてるって意味があるんだよ」
彼が私の心を読んだような言葉に私は少し動揺した。
だが、その後の言葉は彼自信が得た、彼なりの答えだったのだろう。
手紙にこう書いてあった。
『彼女の死は彼女から告げられていたんです。自分は僕より先に逝くから先生を頼むと…。だから、出来るだけの時間を先生と過ごして自分が死んだことを忘れさせてあげて欲しい。約束を果たして欲しい、と…』
約束…。
そう、私たちは共犯者であの日から三人で約束をたくさんしてきた。
私はそれを出来るだけ叶えたいと思った。
叶えてあげたいと、だから…だから、私は選んだんだ。
選んできた筈が、迷った。
「人が生きるのには意味があると、それが君が出した答えなんだな?」
「はい」
「まるで小説のようだな」
「僕もそう思います」
彼の診察を終え、私は医務室に帰っていた。
たくさんの写真を整理していた。
『約束』だったから最期に見せておきたかった。
これが君の生きた道だったと。
君の世界はこんなにも美しかった、と…。
そんな時だったコールが鳴った。
私はザワリとした。
コールの内容を聞く前に彼女の元へと走った。
そこには息絶え絶えの彼女が居た。
誰が見ても最期の姿だった。
私は看護士を下げて写真を渡した。
微かに笑いながらその時を思い出してるのだろうか?
そして彼女は外を指した。
「大きな・・花火、ね…」
彼女が指した花火と言うのは大きな満月だった。
「あぁ、とびっきりの花火だな」
そう言うと笑って彼女は息を引き取った。
一枚の写真を握りしめて…。
彼女の死を家族に伝え私はどこか落ち込んでいた。
彼女は最期まで笑って、そしてもう見えてなどいなかった筈の月を見ていなくなった。
痛かっただろう。
苦しかっただろう。
辛かっただろう。
それでも私は彼女の生きたこと忘れたくなかった。
確かにここで笑って子どものように悪戯して、そして彼と…。
最期に握っていた写真は彼と恥ずかしそうに笑って写り、彼も恥ずかしそうに笑っていた写真だった。
これは憶測でしかないが彼女は彼を少しでも好きだったのかもしれない。
一緒に死ぬまで過ごす仲間ではなく、一緒に歩いてくれた好きな人、だったのかもしれない。
そんなことを私は思った。
もう彼女も彼もいないから聞くことなど出来はしないが、私はあの狭い世界で彼女は恋をしていたんだと思ってる。
絶対に叶うことなどない恋。
彼に伝えたんだろうか?
彼の手紙にはそう言ったものは書かれていないが私は彼女たちは一種の青春をしていたんだと思った。
私はそれを、ただ特等席で見せてもらっていたんだと思った。