top of page

夢想館第八話

 

 

深い深い眠り。

私をどこまでも落としてくれるこの時間が好き。

私は私であることを忘れさせてくれるこの時間を壊したくない。

でも、いつもあの人が起こす。

 

「いつまでそうしてるんだい?」

 

優しい声に目を開ける。

ソファーで座ってたら寝てしまったみたい。

 

「話の続きをするかい?」

 

「ん、いい。多分覚えてないし寝てしまいそうだわ」

 

少年はにっこりと笑い頷いた。

そして静かにお茶を飲む。

優しい雰囲気にまた深く深く眠ってしまいそう。

でも、私はここに来る資格を得てしまった。

 

だから、もうこの深い眠りも終わり。

『今』の私がどうなってるかなんて知ってたわ。

でも、よかったの。

そのままでも構わなかった。

筈なのに…あの人が私を呼ぶの。

悲しそうに。

同じ時間に同じように囁いて。

 

「怠惰の君。そろそろ決心は出来たのかい?」

 

「そうね。私は七つの大罪。怠惰を司っていた」

 

少女は外なんか見えないのに窓の方を見る。

 

「桜が散る季節私は『怠惰』になった」

 

ぽつりと話す。

少年はそれを静かに聞く。

 

「私を置いて行った親、姉、家族…どうでもよかった、よくなった」

 

「でも、そんな君を待つ人物がいた」

 

「そう、どうでもよかったはずなのに…」

 

少女は頭を振る。

痛みなのか、嫌なことが浮かんだのか…。

少女の中で『終わり』を感じていた。

それがいい事か、悪い事かそれは分らない。

ただ、それを迎えることが一人では少女には出来なかった。

 

「一体何にそんなに悩んでるの?」

 

喋る猫に目を丸くする。

 

「前に進めるんだよ?どこがいけないんだい?」

 

少年はそんな猫の言葉に苦笑した。

少年には分かっていたんだろう。

その、終わりが怖い事、恐ろしいことを…。

 

「アナタには分らないことよ、ネコさん」

 

少女はそう言うとまた目を瞑る。

深くはない浅いところで留まる。

もう、私はそこに行けないのかしら?

行きたい、いえ、逝きたい…。

私はいつも授業は眠る。

夢の中でまったりと受ける。

 

それは至極幸せな時間。

暖かな日差しとゆっくりと流れる時間。

誰にも邪魔されない。

ある日夢の中で黒い人が現れたわ。

人なのかは分からないけど人の形をしていた。

そして私に『怠惰』の理を与えた。

それから私は怠惰になった。

 

関わらず、ただ日々を怠惰に過ごす。

それだけの事。

いけないことなんてない。

だって私は『怠惰』なんですもん。

何も間違ってなどいない。

だから、あの日も当たり前だと思った時間を当たり前に過ごした。

誰にも必要とされない私の至福を楽しんでいただけ。

 

ぐらりと世界は変わった。

白い白い部屋で私は至福を味わう。

いつからだったかしら?

そう、あの人が呼ぶの。

私を、私だけを…。

最初は鬱陶しかった。

私は『怠惰』ですもの。

 

なにかと関わったりするなんてめんどうだわ。

なのに、いつもの時間いつものように私を呼ぶ。

深い深い眠りの中にいる私を…。

『私だけ』を呼ぶその声にいつの間にか『私』は受け入れていた。

受け入れてしまったから私は『怠惰』ではなくなってしまってきていた。

そう、『終わり』が来ていた。

 

この時間は好きだけど私が『怠惰』ではなくなったら私は私でいられるのかしら?

私は悩んだ。

悩みながらどれだけの時間を過ごしただろうか?

分からないくらい彷徨っていた。

そして、気が付いたらここで眠っていた。

 

「終わりが怖いのは至極当然なことだよ」

 

「でも、君は…」

 

猫が言いかけて口を閉ざす。

声が響く。

 

「いやっ!…止めて…私を『怠惰』から『人間』にしないでっ!」

少女は耳を塞ぎ首を振る。

しかし、その声も静かになる。

 

「間違ってはいけないよ?」

 

少年が少女の前に行き静かに言う。

それは宥めるように、優しい。

 

「七つの大罪を抱えてたって君は君だった。君が『人間』であることを忘れることで『怠惰』に染まろうとしていたんだよ」

 

少女は震えていた。

少年は一本のピンを少女に刺した。

 

「さぁ、代価は頂いたよ。君は君の本当の世界に帰るんだ。『怠惰な君』を呼ぶその世界に…」

 

「…ええ。そうね。私は帰らなければいけないのね。だって、愛してくれたあの人がいるもの…」

 

少女は消えていく。

 

「少年くん。私は本当の世界でもきっと『怠惰』だわ」

 

「それが君なんだと思うよ」

 

少女は消える瞬間微笑んだ。

 

「七つの大罪…君は大罪なんかじゃなかったよ」

 

少年はそこに落ちた花びらを一つ持ちかざした。

キラキラ光るそれは彼女が目覚めさせる為に贈られた品だった。

 

「さぁ、眠り姫はちゃんと起きれたか確認しないとね」

 

「全く。大罪なんてもの持てる人間が来るなんてここは怖いね」

 

「そうかい?彼女たちはいつだって面白い物を持ってきてくれるよ?」

 

「君も大概だよね…」

 

白い白い部屋。

私は栄養失調で倒れそして運ばれた。

この個室でいつも眠っていた。

そして家族からは切り離された。

誰もお見舞いなんてこなかった。

私は知っていた。

 

本当は家族から疎まれていた…。

眠ってるだけで成績は優秀で下っ端な姉や親はそれをよく思わなかった。

毛嫌いしていた。

食事は殆ど取れなかったけど眠って居ればそんなこと忘れられる。

だから、気にならなかった。

細くなっていく腕もいつの日かなんとも思わなくなっていた。

倒れたあの日、あの人たちは嘲笑った。

 

あぁ、邪魔者が居なくなって安堵したんだ。

私は独り。

白い部屋と点滴。

医者や看護師の話は聞けないくらい衰弱してるみたいだった。

そうかぁ、『死』なんだと思った。

そう思ってから深い深いところであの頃の桜が舞い散る教室を思い出す。

ふわふわで優しい時間。

『怠惰』な私。

生死すら『怠惰』だった、はずだった。

 

あの人が、兄が呼ばなければ…。

一人暮らしをしていた兄が私の事を知り毎日仕事が終わって声をかけにくる。

仕事の話だったり、家族の事…いろいろな話をしてくれた。

ふわふわの中私はいつしか、起きたくなっていた。

兄と話したいと思ってしまった。

独りでは行けなかった。

怖かったの。

現実は厳しいもの。

 

『怠惰』である私を受け入れてくれるかしら?

そのままの私を「お前らしい」と受け入れてくれる?

夢は終わり。

 

「少年くん。私の『怠惰』なりの代価は受け取ったかしら?」

 

桜を見ながら少女は学校の桜の下で眠りにつく。

いつかまた逢えたらと思い、『怠惰』な夢を見続ける。

 

「おーい。退院したばかりなんだからこんなとこで寝るな」

 

浅い眠りよ。

聞えてるわ、お兄ちゃん。

私は家を出て兄と暮らしてる。

兄はこんな私を受け入れてくれた。

目を覚ましてからとても目まぐるしかった。

でも、横で兄が笑い一緒に笑うことがこんなにも嬉しいことだとは思わなかった。

 

「眠り姫は目覚めたみたいだね」

 

 

 

 

 

 

ー夢想館ー

優しい一時与えてくれるお店。

 

ー夢想館ー

例え罪を背負っていても優しくしてくれるお店。

 

ー夢想館ー

独りじゃなくならせてくれるお店。

 

 

大罪はいつも君の傍に…それでも受け入れてくれるでしょう。

bottom of page