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余命宣告病棟第五話「秘密共有」

私は電話を切って彼に真っ直ぐ向かって提案した。

「彼女を知りたいというならどんな姿でも受け入れられるかい?」

彼は少し考え込んだ。
少しして彼は私の目を真っ直ぐ見て頷いた。
覚悟をしたんだろう。

私は彼を連れてとある病室に入った。
中からは苦痛な叫び声や暴れてる音がした。
彼は扉の前で立ち止まったが私は中に入り処置をしていた。
そう「彼女」だ。

ここの所は酷くて夜になると苦しみこうして処置に来ている。
もう、そう長くない命なんだろう……。
それでも生きていたいと、全うするんだと、その痛みを受け入れている彼女がいた。

「だ、れ…?」

彼女が苦しんだ先に視線が私たちの後ろに行った。
彼が病室に入り彼女の手を握りしめていた。

「僕は君を知りたい。笑ってるだけの君じゃなくて本当の君を…」

彼女は戸惑ったがぎゅっと握り返した。
それは私たちの物語の始まりだった。
三人だけのお話し……。
彼女が死んで彼が死ぬまでの短いどこにでもある小さな物語。

私は次の日彼と彼女を診察室に呼んだ。
昨日のことを含め話したいと思ったからだ。
彼は時間より少し早く来て本を読んでいた。
私はカルテを弄りながら彼女を待った。

私は外で何かしてる音を聞いて彼女が来たのだと察したが彼は全く分かっていなかったようなのでちょっと外へ出るようにと言ってみた。
彼は私の言う通り扉を開けた、がそのまま足を取られ前に転んだ。

「な、なに!?」

焦るのも当たり前だ。
彼女の罠にかかったのだから。

「やっぱり」

私は扉まで行くと彼は座り込んでいてその横で彼女が笑っていた。

「先生引っかかったよ!あはははは」

罠に引っかかったことが面白くて笑い転げていた。
そう、彼女はこういう人間だ。
最初は手を焼いたものだが今ではそれも慣れてきた。
彼にはそんな彼女を知って貰う為に犠牲になってもらった。
いや、申し訳ないとは思ってるがこうすれば自然と彼女と話せるだろうと思ったからだ。

「あんまり彼を苛めてくれるなよ?意外に精細なんだから」

私は彼を起こし彼女に釘をさす。
彼女は口を尖らせる。
いつもの通りだ。
彼は少し戸惑ったかのように困惑を顔に出していた。
まぁ当然だろう。
昨日あんな姿を見ていて今はこんなにも無邪気なんだから。
それは困惑もするだろう。

改めて二人を診察室に入れて座らせる。
彼女に変わりはない。
彼は少し落ち着きがないように思うが静かだった。

「さて、昨日は二人ともお疲れさま」

私は昨日のことを話す。
すると、へらっとした彼女が彼に笑いかけた。

「昨日はありがとね。すっごく辛いんだけどさーなんか手を握ってくれてちょっと安心した」

「どういたしまして。…僕にはあんなことしか出来ないと思って…」

ふむふむ。
一応は会話は出来そうだな。
第一段階は突破と考えていいだろう。

「でもさー、なんで君あそこにいたの?」

彼女の質問に彼はドキっとしたのか少し眉を寄せる。
フォローを入れなければ話そうとした時だった。

「僕が君に興味あるから行った」

「…え?」

彼からは彼らしい言葉でそれを伝えた。
私は居なくても良いのかもしれないと思ったが彼女は戸惑った。
そして、彼の裾を引っ張り下を向いた。

「昨日のは……誰にも話さないで。私と貴方と先生だけの秘密にしといて欲しい」

顔は見えないが真剣な面持ちなのは分かった。
知られてくないんだと私も彼も察知した。

「人の事を言いふらすような真似はしないよ」

「私は医者だからね、患者のことは喋らない」

それを聞いてか彼女はまたにぱぁと笑った。
この喜怒哀楽の激しさに彼はついていけるんだろうか?
本当の彼女はきっと強くて無邪気で子どもなんだと思う。

「君さ、どれが本当の君なわけ?」

彼は痺れを切らして質問する。
それに彼女はきょとんとする。
そして、わははと笑った。

「君は深く考えるタイプなのかな?どれも私だよ苦しんでる私も笑ってる私も、君とこうして話してる私も私だよ」

「ちょっと難しいな……」

彼なりには悩んだらしいが理解はしづらかったようだ。
まぁ、彼女の独特の世界観はきっとそうは理解できまい。

「せんせー。せっかく三人の秘密共有ってことでどっか行こうよ~」

「だから、却下といつも行ってるだろう」

「そうだ。今の時期なんて紫陽花なんてどう?雰囲気出る~」

「基本的に人の話は聞かないんですね」

「まぁ、そうなんだ」

そんな他愛もない会話が暫く続いた。
『秘密共有』か…。
悪くはないと思ってしまった。

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