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夢想館第1話

僕は彼女を救いたかったー…だから…。

夢を見るかのように僕は彼女とここで出逢った。
優しく微笑む女性…一目で好きになった。
週に何度もすれ違ううちに僕らは話すようになった。
しだいに、ここ以外で逢うようになった。
ただ、近くの喫茶店でのんびりと…。

暖かい優しい時間だった。
僕は職業上あまりのんびり出来ないせいか、この時間が幸せだった。
忙しく規則的な僕の生活の一時のゆっくり流れるそんな空間…。
お互い名前以外は知らない。

でも…それで構わなかった。
彼女を含めその時間だけを愛せたから…。

『貴方はとても優しいのね』

彼女が僕に逢う度に髪をかきあげ囁く。

優しくなどない。
優しいのは君で…僕じゃなかった。

ある日僕は知人から不思議なお店を聞いた。
願いを叶えてくれるお店。

だが、僕には必要なかった。
これ以上の幸せはなかったから。
彼女が微笑み、そこにいれば僕はそれ以上は何もいらない。

《チリーン》

『君は近いうち来ると思ったよ』

僕は店の扉を開いていた。
中からは店の主人と思しき少年が大人びたような口調で言った。 
僕はあの店の扉を開けていた。

そう願いが本当に叶うなら…藁にも縋りたかった…だから…この《夢想館》の扉を開けた。

『さぁ…望みを聞こうか…。君にはこの館の扉を開ける権利があった…さぁ…。』

少年は座っていた椅子から降り様々な品が置かれたその前に立ち手を広げた。
不思議なその光景に僕は立ち尽くした。…ここはそう言うとこなんだろう。
僕は戸惑った。
しかし、もし叶うならと…少年を見つめた。

『彼女を…彼女を生き返らせてくれ…。』

僕は彼女がいつも付けていた時計を強く握りしめ少年に言った。
少年は笑った。

『やっぱりね。』

少年は分かっていたように笑った。
僕はそれが無性に癇に障った。

何を笑う?
僕には彼女しかいないというのに。
それを…何も知らない少年は笑った。
怒鳴りつけようと思ったが喉から言葉が出なかった。

『あまり大きな声は出さないでくれ。ここにあるものは音には敏感なんだよ。』

少年はそう笑い品々がある奥へと行ってしまった。
僕は1人残され立ち尽くしていた。

彼女の時計…。

僕はソレを見つめた。
血が飛び散り止まってしまった時計…。

彼女は僕と歩く中事故に合った。
彼女は僕を庇うように…。
僕の怪我は腕の骨折と少し頭をうち2針縫う程度ですんだ。
しかし彼女は…医者の必死の処置でも助からなかった。
足は千切れ腕は潰れ…それは酷かった。

僕は発狂した。
何日も何日も…。
彼女のいない生活など考えられなかった。
あの一時が僕の全てだった。

そして、僕は気が付いた…この館の話を。
だから、僕はここの扉を開けた。

『君のいない生活など考えられない…。』

《コトッ》

中から戻った少年は小さな瓶を机の上に置いた。

『貴方に必要なモノ。ソレがこれです。』

少年は椅子に座り笑った。
必要なもの?
僕は疑問に思った。

『これで彼女が生き返るのか?』

少年は苦笑いした。
少年らしい初めての仕草だった。

『いえ。僕は言ったでしょう。必要なモノ。死んだ者が生き返るなんて、貴方だって無理だと分かっているじゃありませんか。』

言い返せなかった。
でも…僕は彼女が生き返る事を望みここへ来た。

『君。僕は彼女を生き返らせてくれと言ったんだ。言葉の意味が伝わっていないのか?』

少年はクスリと笑い瓶を持った。

『生き返らせられませんが、時間を戻せます。』

『時間を…戻す…?』

半信半疑だった。思わず聞き返してしまった。

『貴方は彼女と貴方が事故に合う前まで戻ればいい。』

少年は僕の前に瓶を翳し説明した。

『使い方は至って簡単。一口飲み戻りたい時間までを考えてくださればいい。さぁ…どうしますか?』

僕には迷いはなかった。
彼女が戻る…生きている頃まで戻れば良い…。

だから、瓶を受け取った。

『代金は…?』

僕がそう言うと、少年は微笑んだ。

『代金はいりませんよ。』

『しかし…。』

『石田 学さん。教師で堅物。学校ではさぞや生徒から怖がられているのでしょうね。』

『!!』

少年はまるで僕の全てを知っているかのように笑った。

『代価は頂いてます。ですから、ソレは貴方にさしあげます。』 

僕は瓶をぎゅっと握り締め店を出ようとした。

『しかし…お気を付けなさい。間違った使い方は間違いしか産まない。』

少年は立ち去る僕にそれだけ言うと扉を閉めた。
僕は急いで部屋に帰り瓶を開けた。

君とまた過ごしたい。
君が生きているあの頃へ…。 

『代金良かったの?』

夢想館の机の上に眠る猫が紅茶を飲む少年に問うた。
少年は笑った。

『言っただろう?代価は頂いてますって。瓶はまた戻るよ。』

少年はそう言うと机の上の鏡を見た。
猫もソレを覗きこんだ。
ソコには沢山の人々と先程の彼が移り、時が流れているのか場面がコロコロと変わった。

そして…ー。

《チリンッ》

『来ると思っていたよ。』

ソコには礼服を来た石田学の姿があった。

『君には分かっていたのかな…。』

彼はそう言うと机の上にあの瓶を置いた。

『さて…僕は神ではないからね。』

少年はそう言うと瓶を持った。

『貴方に必要なモノは見つかりましたか?』

石田は悲しい顔で笑った。

『あぁ…確かに必要なモノだったよ…。』

少年は笑い、本を一冊出した。

『代価にはほんの少し余りがあってね。これは貴方にあげよう。』

石田は本を取りめくった。
そしてー…

『ありがとう…。とてもとても大切なモノになるよ。』

石田は涙を少し流し本を握り締め少年に感謝した。
そして…今までにない笑いで店を出た。

『一体なんで?』

猫は品を持ちちゃぷんっと振る少年に言う。

『人間にはね、必要なモノがあるんだよ。彼はギリギリで分かったみたいだね。』

瓶の中身はあと一口分だけ残っていた。
少年は笑った。

『大丈夫だよ。説明してあげる。』

《チリーン》

扉は開き1人の女性が立っていた。

『いらっしゃい。待っていましたよ。』

少年がそう言うと少年は空瓶を出した。
女性は受け取りそして瓶の中が満たされると消えた。

『どういう事?』

少年は瓶を取るとまた品々がある棚に瓶を戻した。

『彼女はね、どの道死ぬんだ。事故じゃなく病気でね。最初に訪れてたのは彼女だった。だから、彼女の願いを叶えたんだよ。』

『優先順位だね。』

『そうだね。見てみるかい?彼が体験したものを…。』

少年はそう言うと机の鏡を見せた。
中には石田と先程の女性が映っていた。

僕は何度も君を失った。
事故を回避しても…結婚して…君は買い物の最中通り魔に殺されたり…学校の生徒にレイプされ殺されたり…君はどうやっても死んだ…。

最後の死は…病気だった…。
僕に逢うずっとずっと前から君は病気だった…。
最期の日、君は僕を呼んだ。

そしてー…

『そこにいてくれる?』

彼女は微かに動き、僕は彼女の手をぎゅっと握り締めた。

『私ね…貴方をずっと前から知っていたわ…。私、家庭教師をしていたの。貴方のクラスの子よ。貴方は厳し過ぎてたくさんの反感をかっていたと知ったの…。でも…私といる貴方はこんなにも優しい。』

『それはっ…君が…君が優しいからだ…。』

彼女は微笑んだ。優しい笑顔で…。

『どんなに時を戻しても…人は必ず死ぬものよ。』

『!!』

『だからね…お願いよ…。優しい貴方がそこに確かにいる事を忘れないで…。貴方と出逢えて…幸せでした…。どうか…優しさが…貴方に広がりますように…大好きな…貴方に…。』

彼女はそうして息を引き取った…。
僕は気が付いたんだ。
君を失った悲しみで忘れてしまったんだ…。
人は必ず死ぬ。

人には必ず役割があるという。
もし、そうなら…君は僕に優しさをくれる為だったんだね…。
幸せをくれる為にいてくれたんだ。

君がくれた優しさを…僕はまた人に広げよう。
僕の最愛の人よ…。
僕はこの瓶の一口は飲まない。
君の死ごと愛し生きていこう。

ここが新しいスタートラインだ。

瓶は…もう必要ない。

『これが石田の体験?』

『そして石田の代金は彼女の命。彼女は石田を知り短い命を彼に捧げた。』

『あれ?さっきの本は?』

少年はクスリと笑った。

『何事にも思い出とは必要なものだよ。』

 

ー夢想館ー


アナタに必要なモノを与え教えてくれる不思議なお店。

必要な人だけが見つけられる不思議な不思議なお店。

アナタには何が必要ですか?

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